【ゆず】85

「雪の、しんしんと降る夜道を、少女は歩いていた。雪の底に沈んでいる、小さな果物屋の火が、その辺り一面を、淡いオレンジ色に染めている。」

確かこんな書き出しだったと思う。

小学校5年生かな
国語の教科書に載っていた
「ゆず」という作品。

あの作品が大好きだった。

物語で、
少女はおばあさんと出会う。

おばあさんが転んで
ゆずを落とし、
それを拾って渡してあげる。

おばあさんは、
受け取ろうとしてはたと手を止める

「悪いけも、そこまで持ってってくんないないかね?おら、手がかじかんで」

いいですよ。
と少女は手袋をはめた手で
しっかりとゆずを抱え、
持って歩いた。


別れ際、おばあさんにゆずを
返したとき、こう言われる。

「お礼とも言わんねぇようなお礼だども」


少女はおばあさんが言ったことが
なんのことかわからなかった。


次の日
少女は外で遊んでいた。

ああ、寒い。
思わず手袋をはいた手で顔を覆う。

「あ、ゆずの匂い」

おばあさんのお礼はこれだったんだ。


優しさにあふれた作品だ。

これが
ゆずを1個あげますよ。
だと物語にならない。

ものじゃなくて
想いを伝える。

だからこの物語は
20年以上たっても僕の心に残っている。


伝わるのは、想い。