【隻手の音】208

臨済宗の坐禅には公案というのがある。いわゆる禅問答で、老師様が弟子を悟りへと導くためのに与える問題だ。
僕が坐禅をやっていたとき
一緒に座っていた先輩たちが
公案の答えを伝えに行くのを見ていた。

どんなものなんだろう?

坐禅を終えてしばらく

ある番組で
その公案をわかりやすく
解説しているものがあった。

出された公案は
「白隠の隻手の音を聞いてこい」

白隠とは江戸時代のお坊さん、
白隠禅師のこと。
隻手とは片手のこと。

すなわちそのお坊さんの
片手の音を聞いてこいというのだ。

片手の音?

出された修業僧は
それを何日も何ヶ月も
考えるのだが
一向に答えがわからない。

片手じゃ音は鳴らないのに
どうやって聞くというんだ?

うーん。

ある日このと
門の前で通行人相手に
商売してる商人がいた。

さぁー!
いらっしゃい!
いらっしゃい!

商人は修行僧に話しかけた。

なんだってそんなしけった
顔してるんだい?


実は、隻手の音を聞いてこいと
言われたけど
全然答えが出てこないんです。


へぇー、そんなこと考えてるのかい。
大変だなぁ。

へい、いらっしゃい。
まいどー!
なぁ?
片手じゃ音もならねぇから
商売上がったりだよ。
俺ならそんなことを考えるより
両手で音を出して
商売するね。


「白隠の隻手の音を聞くよりも
両手を叩いて商いをせん」


それを、聞いて
修行僧はハッとした。


「商いが両手叩いてなるならば
隻手の音は聞くに及ばず」


これが答えだっていうんだ。
当時二十歳過ぎの僕は衝撃だった。

「隻手の音を聞いてこい」
と出された問題の答えが

「隻手の音は聞くに及ばず」
だと!?


発想の転換!

方法を求めていたら
その先に答えはなかったんだ。

この答えすごい!
と思ったのを覚えている。

考えても考えても答えがでないときは

枠の外に答えが
あるかもしれないんだ。