【間違いを信用する】176

「間違いを犯さない者を信用してはならない」ピーター・ドラッカーの言葉で、深く突き刺さった一言。最初読んだとき、どういうことだろう?と思った。間違える人は信用出来ないんではなくて?でも前提が違った。
人は必ず間違いを犯すもの。
もし間違いをしていないなら、
その者は何もやっていない。

盗塁王は盗塁の失敗数も最大
である。という話を
聞いたことがある。

出来る営業マンほど
断られる件数や
始末書の数が多いとも。

この言葉を知ってから
ミスや間違いを犯した人に対して
責めるのではなく
行動した人なのだと
思えるようになった。

何もやらない人よりも
やって失敗をした人こそ
信用しよう。

【感情】175

高校のときの教科書に、障害を持った子どもを引き取って育てたおばあさんの話がのっていた。何をしても反応のない子を、他の人に無駄だと言われながら、一生懸命世話をした。あるとき、全てに無反応だったその子が自分の意思でピアノを弾いていた。それから堰を切ったように、自分として、命を生きだした。
そしてあるとき、
大泣きをしたことがあった。
大声をあげ、
涙を流し、
鼻水やよだれを垂れ流し、
めいいっぱい泣いた。
その姿が「美しい」と書かれていた。

僕はそこに
ちょっと引っかかったのを覚えてる。

なんで「美しい」っていう
表現なんだろう?

そんな光景に出会ったら
本当にそう感じるのだろうか?

高校時代のちょっとした疑問は
大人になって、わかるときが来た。

自分の壁に向き合って
思いきり泣いている人を見た。

僕はその姿を

「美しい」
と感じた。

この美しさは、どこから来るのだろう?

それは「感情」だった。

感情が美しいんだ。

大人になるといつしか
周りに合わせて
人の目を氣にして

自分の感情を抑え込んで
蓋をして生きていく。

美しさを隠して
自分を殺して。

だからこそ
解き放った姿は格別に美しいんだ。


いいんだよ。
自分の中の美しさを
もっと表現して

いいんだよ
自分の中の美しさを
もっと届けて

いいんだよ。
自分の中の美しさに
向き合って


感情は美しい。

あなたの感情は美しい。

【期待】174

松下幸之助さんのストーリーで心に残る印象的なシーンがある。それは仕事であるチームが失敗をしたときのこと。それを知って、松下さんは激怒した。間をあけず、そのチームのもとへ飛んでいった。そしてそのチームのいる部屋について、バタン!とドアをあけた瞬間!
信頼している部下の顔がそこにあった。

あんなに怒っていたエネルギーは
どこかに消え失せ

部下の顔を見ながら
松下さんから漏れた言葉。

「お前がいながら、なんでや」

自分のことを信頼して
期待してくれてたと伝わる一言。

普通だったら
「何もやってるんだ!」
とか
「お前はダメだ!」
とか
言ってしまいそう。

そんな怒られ方よりも
ずっと心に刺さる。

言われた人は
絶対に次は期待に応えよう!
そう心に誓って頑張ったそうだ。

これは
「お前に期待してるよ。」
と心からのメッセージ。

伝わるってこういうこと。
最高のコミュニケーションだ。

【治癒反応】173

最近肌荒れがひどい。アトピーが出てきてしまった。朝起きたら瞼は腫れて目は開かないし、口を開けるたびに唇が切れるから、食事が痛い。なかなかに辛い日々だ。でも僕はこの症状が治癒反応だと知っている。

だから
今この状態に
ありがとう。

頑張ってるね。
治してくれてるんだね。

膿が出るのは
まさに毒素の排出。

皮膚が剥けるのは
新しい皮膚への生まれ変わり。

そして治癒をしながら
症状を出すことで
身体の異常を知らせてくれてるんだ。

もし全く何の変化もなく
毒素を身体に溜め込んで

突然重い病氣になりました!

となるのは大変だ。


僕を守ってくれてる。

ボロボロになって頑張ってれてる。
肌を見て、感謝が湧いてくる。

顔に手を当て愛おしむ。

ありがとう。

この肌は、
いつだって僕の味方なんだ。

【TEAM】172

一人では行けない場所も
チームでなら辿り着ける。

一人では出来ないことも
チームでなら成し遂げられる。

一人では叶わない夢も
チームでなら掴むことが出来る。

チーム”TEAM”とはどいう意味か。

“T” Together
“E” Everything
“A” Achives
“M” Miracle

仲間が力を合わせ
一つになったとき
どんな障害も乗り越えて
あらゆることで
奇跡が生まれる。


メタ・シークレット創設者
メルギル博士の初来日講演にて。

【勝つのは奴らだ】171

試合の前、指導者が選手たちを鼓舞するスピーチでパフォーマンスは大きく変わる。岩崎由純さんの講演で教わった。『ミラクル』という映画のワンシーンにそれは表れている。アイスホッケーでジャイアントキリングを成し遂げ、「氷上の奇跡」と謳われた実話を描いた作品だ。

試合の直前、監督は
選手たちを前に語りだす。

「奴らは強い。

10回戦ったら9回は
奴らが勝つだろう。

だが、

今夜は俺たちの番だ」


ここに言葉の力というのが
最大限に表現されているのを感じた。

「10回戦ったら9回は
奴らが勝つだろう。」

この表現が素晴らしい!

「10回戦ったら9回は
俺たちが負けるだろう」

ではダメなんだ。

「負ける」という
マイナスのイメージを
引き寄せる言葉は使わない。

なぜなら
潜在意識は
主語を区別できないからだ。

「相手チームが勝つ」
って言っていても

潜在意識には
「勝つ」
だけが入る。

使い方がわかっていれば
言葉はすごい力を発揮する。

メンタルも
パフォーマンスも
大きく変わる。

ミラクルを起こすほどに。

言葉の力を味方につけて
人生を鼓舞しよう。

【すれ違う人たち】170

友達と逢った帰り、新橋から電車に乗った。けっこう遅い時間だったのに、たくさんの人が乗っていた。仕事帰りの人がほとんどだった。飲んだ帰りの人もいるだろうし、この時間まで働いていた人もいるだろう。この目の前の人はどんな仕事をしてるんだろう?
もしかしたら
この人のお店に行ったことが
あるかもしれない。

もしかしたら
この人が作ってる商品を
買ったことがあるかもしれない。

もしかしたら
この人の作るサービスを
よく利用しているかもしれない。

もしかしたら
この人の生み出してるものが
生きていくのに
欠かせないものかもしれない。

あたなが今日一日働いた仕事が
僕の生活を便利に
豊かにしてくれている。

ありがとう。
今日も一日、ありがとう。

帰りの電車の中
感謝の氣持ちでいっぱいになった。

僕の生きてる世界は
今日すれ違う人たちの仕事で
成り立っているんだ。

【フォーカスを変える2】169

夜の街の向こうにスカイツリーが目に入る。カラフルに点灯するライトは、誰かが考えたんだろう。明るすぎず、地味すぎず、街と調和して、人の心を癒す光を灯す。
パターンを作った人はきっと、そういうことを意識していたんだろう。
【フォーカスを変える】168で書いた中で、僕が一番好きなフォーカスは「感謝へのフォーカス」だ。その意識を持って街を歩いたとき街は、人を喜ばすために作ったものばかりだ。

階段のちょっとした滑り止め
雨がたまらない傾斜や溝
道をふさがないよう剪定された木々
昨日落ちてたゴミは
今日はなくなってる
電車の優先席も優しさから
生まれたものだろう

蛍光灯の配置位置
手すりの高さ
一定区間に設置された消火栓
装飾の施された街灯
舗装された道路
景観を損ねないよう減らした電線

数え上げればキリがない。

感謝を探していつもの道を歩くと、
思いやり、幸せ、有り難み
たくさんの感謝に
囲まれていることがわかる。

フォーカスを感謝に変えるだけで
いつもの道の中に
幸せと感動を味わえるんだ。

【フォーカスを変える】168

いつも歩く道。通学路、通勤路。僕は同じ道を歩くとき、違う見方が欲しくて、フォーカスを変えてみる。例えば今日は「赤いもの」にフォーカスを当ててみる。そうすると、今まで目に入らなかった赤い景色が広がる。

あんなところに看板があったんだ。
こんなところに
鮮やかな花があったんだ。

目には入っているけど
意識していなかったから
ないのと同じだったものたちが
人生に現れる。

今度は青いもの、黄色いもの
四角いもの、丸いもの
とんがったもの、ぐるぐるしたもの
高いところにあるもの、地面の模様
動いているもの、止まっているもの。

目だけじゃなく
五感も使う。

低い音、高い音
車の音、鳥の声
通りの香り、飲食店の香り
頬に当たる風、空氣の寒暖

フォーカスを変えると
何百回、何千回歩いた道にも、
氣づかなかった出会いが訪れる。

新たな発見が
毎日の同じ道を
冒険に変えてくれるんだ。

【これは私の問題だ】167

この前カフェで注文をしたら、店員さんが間違えた料理を持ってきた。僕は、これ頼んだのと違うよー。と伝えて、運び直してもらった。そのとき、自分の心の反応が、ある言葉を聞く前と違っているのに氣づいたんだ。

前だったら、
「もー、ちゃんと仕事してよ!」
って思ってたと思う。

この時は、最近聞いている
鴨頭嘉人さんの言葉が響いた。
「これは私の問題だ!」

起こってる出来事を
自分の問題、自分の責任ととらえる。

店員さんが間違えたことは
僕のミスだ。
僕はこれを防ぐとこが
出来なかったろうか。

そういえば店員さんは
僕が言った注文を、聞き直してた。

注文の取り方自体
慣れてない感が出てた。

今日初日だったのかもしれない。

そのことに氣づいてあげれば、
その人のことをもっと見てあげれば

もっとゆっくり、ハッキリ
注文を繰り返してあげられた
んじゃないか。

そうしたら間違わずに
済んだんじゃないか。

この人が自信を失わずに、
どうしたら、接客の楽しさを
味わいながら仕事が出来るだろうか?
僕には何が出来ただろう?

そんな想いが浮かんできた。

それは
「これは私の問題だ」
という考え方を知ったからだ。

知らないまま
「ちゃんとしてよ!」
と思うよりも

今の感情のほうが愛おしい。

この在り方によって
自分の思考、行動の範囲が
広がったんだ。